トップ > 埼玉県の伝承 > 所沢市

饗庭命鶴丸が兜に挿した梅

所在地埼玉県所沢市三ケ島一丁目(兜の梅)
年代正平七年(1352年)
登場饗庭命鶴丸
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

正平七年の小手指ヶ原の合戦で、足利方の第三陣をつとめた花一揆六千余騎を率いていたのは、十八歳の美しい若武者、饗庭命鶴丸であった。命鶴丸は兜の鉢に梅の小枝を挿して戦場に臨み、新田義宗の配下にあった児玉党七千余騎とぶつかった。しかし若者ばかりの花一揆は、数多の戦をくぐり抜けてきた児玉党の古強者たちに散々に打ち崩され、たちまち全軍が混乱に陥った。このとき命鶴丸が兜に挿した梅は、いまも土地で「兜の梅」と呼ばれ、その木の姿を伝えているという。著者も小手指の白旗塚に上ったあと、この兜の梅に立ち寄っている。

原典より

此時、今も此里に「兜の梅」としてその樹影を傳える梅の小枝を、兜の甲に差した當年十八歲の美男の若將饗庭命鶴丸に卒いられる花一揆は、…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

種別から探す

南北朝

所沢市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『行楽と史蹟の武蔵野』の伝承