幾度も焼かれた鳥羽城の跡
どんな伝承か
今の染色団地、神中町のウラセ合同染工のあたりには、鳥羽城という城があったと言われる。延元のころ、脇屋義助が足利高経のこもる足羽城に対抗するため、蕗野城や中島城とともに初めてここに城を築いた。しかし戦に敗れて焼かれ、のちに朝倉家の家臣梶原美濃守の居城となったが、これも織田信長の軍勢に焼き払われた。その後は魚住備後守が住んだが、ほどなく府中の富田氏にまた焼かれたという。先に落ちのびた梶原美濃守政景は、松平秀康の世に再び召し出されて二千石を賜り、もとの城跡に屋敷を構えたと伝えられる。
原典より
現在の染色団地(神中町)のウラセ合同染工株式会社のあたりに、鳥羽城があったといわれている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。