大力の勘七
どんな伝承か
我孫子の宿に、最近まで勘七という大力の男が生きていた。あるとき相撲取りを馬に乗せていて口論になり、竹を折ってふんどしの代わりにし、力くらべを申し込んだところ、相撲取りのほうが謝ったという。『手賀沼北辺紀行』に記された安政二年頃の話で、『利根川図志』に収められている。我孫子にはほかに、一日四十里を歩いたという早足の運平の話もあり、いずれも宿場らしく、仕事や能力が交通に関わる奇人譚である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、我孫子市が編んだ市史の一冊で、この原典にはそのうち口承文芸の伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。各話の後に、柳田国男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付す。