落雷で早乙女が倒れた死田
どんな伝承か
君津市西原に伝わる。白鳳二年五月七日、弘文天皇と蘇我赤兄らが早乙女を集めて御田植式を行った。田植えの最中に急な大風雨となって数か所へ雷が落ち、十数人の早乙女が撃たれて命を落としたため、その田を死田と呼ぶという。別の伝えでは、この日、領内の者は皆おのれの田植えを休んで御田植式に奉仕したのに、近くの加恵淵の者が一人だけ徴募に応じず自分の仕事をしていたので、蘇我殿の怒りを買って死罪となり、その場所が死田だともいう。西上総では旧暦五月七日を蘇我殿の田植と呼び、田植えをしない日とされていた。
原典より
白鳳二年五月七日に弘文天皇、蘇我赤兄らが早乙女を募り、御田植式を行った。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。