若宮八幡の焼け跡にできた死田
どんな伝承か
半田の早尾神社の近くには、かつて若宮八幡がまつられていた。ところが武田軍が白井城を攻めたときに焼き払われてしまったという。社の跡はそのまま荒れ果て、のちに田に変えられた。しかし、この田を作るとその家から死人が出るので、人々はここを死田と呼んでいる。
原典より
この田を作ると死人がでるので死田と呼んでいる。—— 渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ)
『渋川市誌 民俗編』は、渋川市の市誌民俗編のうち、第六章「民俗信仰」の第一節から第五節の初めまでを収めたものである。人魂・幽霊・ロクロッ首・生まれかわり・死神などの霊魂の話、手をつけてはいけない聖地や耕すと祟る忌地、オサキ使いや狐つき、神かくし、若宮八幡などのたたり、イチッコと呼ばれる巫女や祈禱師、東向き鳥居参りなどの祈願を、市内の大字ごとの聞き書きで記す。はじめにで章全体を解説し、続く節では話に見出しと採集地の大字を添える。