斬られた新兵の耳朶を埋めた寺
どんな伝承か
明治元年、徳川慶喜が江戸を退去すると、新たに募られた兵が憤慨し、その一隊が北都留郡へ攻め入った。徳川方は井上八郎に追討させ、首謀者以下十余人を斬った。その耳朶を強瀬の全福寺境内に埋めたといい、耳の病を患う者が祈れば癒えると伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。