弘文天皇が五月七日に田植を御覧の際
どんな伝承か
君津郡小糸村の西原の東部、山の上に飯塚がある。高さはおよそ二十丈という。弘文天皇が五月七日にこの地で田植を御覧になったとき、にわかに風雷の変があり、早乙女はことごとく死んだが、天皇には障りがなかった。そこでその日の供御をここに埋めたという。それより毎年五月七日を蘇我の田植日と称して、田植を禁ずる慣例があると、君津郡誌上および千葉県誌下は伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。