東福寺の住職が開いた村の家塾
どんな伝承か
明治六年七月、武州多摩郡江古田村六十四番屋敷の東福寺の住職老田亮意が、東京府へ家塾の開業を願い出た。亮意は元治元年五月から上板橋宿の小宮清次郎に学び、明治四年に開業したと履歴に記している。教える科目は筆道だけで、教師は住職一人、給料はなく、学費も村のことゆえ立てがたいとした。授業は午前八時から正午まで習字、午後二時までは習字と復読で、無断で三日休めば理由を尋ねに行く決まりだった。生徒は八歳から十五歳までの男十一人、女八人の計十九人で、本堂と大師堂を教室に使ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。