日蓮上人が泊まった名主深野家
どんな伝承か
江古田で代々孫右衛門を襲名し名主を務めた深野家は、康元のころ鎌倉へ向かう日蓮上人が一泊した縁で、普賢菩薩七難即滅の真筆と深野の姓を賜ったという由緒を伝える。徳川の大名榊原家の用を務めた関係から、榊原家の大殿が没した際には遺骸を深野家の所有地で火葬し、そこに塚を築いた。その地へ新しい寺を建てたいと願い出たが果たせず、遺言を残して亡くなったため、孫の孫右衛門が元文四年に池上本門寺へ登って寺院の建立を願い、蓮華寺を建てた。文化四年の由緒書上にも、火葬の塚が寺の地内にあることが記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。