膳椀を貸した黍塚の岡
どんな伝承か
越前国坂井郡の久米田山のあたりに、黍塚と呼ばれる岡がある。土地の古老によれば、この岡には昔から誰も住んでいないのに、延宝の初めごろまでは、岡から流れ出る川に毎朝米のとぎ汁のようなものが流れてきたという。それより前の慶長のころ、近隣の村人は法事などで客をもてなすとき、前の晩に岡のそばへ行き、何人前を貸してくださいと丁重に三度唱えた。すると翌日には言葉どおりの道具が出ており、使い終われば元の場所へ返していた。ところが年月がたつうちに人の心がすなおでなくなり、道具を粗末に扱ったり数を欠いて返したりしたので、それきり出なくなったと『影響録』は伝える。
原典より
其前、慶長の頃おひ、此隣郷の村人等法事にても賓をまふくる時は、其前夜、此岡の邊りに行き何人前の御貸し候へと謹て三度呼ばり申せば、翌日其詞の如く出でしを借りて、後、事済みては、もとの所に持運び返し置けり。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。