新五郎の鼻取りをした地蔵
どんな伝承か
昔、奥田の入矢倉に地蔵堂があった。奥田の新五郎はおどけ者で、田仕事が忙しくなると七つの幼い子に鼻取りをさせては叩いて叱った。不憫に思った地蔵は小僧に化けて現れ、自分が鼻取りをすると申し出て新五郎の思うとおりに引いた。どこの寺から来たかと問うと「常住不滅より来る」と答え、田の高低を指図するので新五郎は赤面した。女房が運んだ昼飯を勧めたが、小僧は沢へ下りたまま戻らない。探すと沢の堂に子の足跡があり、地蔵の顔も衣も泥にまみれていた。地蔵の仕業と知って夫婦で七度礼拝した。その後修験の天神坊が別当となったが、乱世に出陣して以来堂を建て直す者はなく、鼻取地蔵の名だけが残ったと『須川記』は記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県史 資料編 27(群馬県史)
『群馬県史 資料編 27』は、群馬県の県史の資料編の一冊で、収めるのはその「第三章 伝説」である。伝説の定義と分類、『神道集』や近世の地誌から明治以降の郡村誌・伝説集に至る県内の調査の歩みを述べ、赤城と日光の神戦、赤堀道元の娘と木部姫の入水、文福茶釜、羊太夫、弘法伝説などを群馬の伝説の特色として論じる。続いて代表例を自然的・社会的・信仰的伝説の三つに分け、各地の口承と古記録を伝承地を添えて並べる。