関ヶ原の記念に植えられた一本榎
どんな伝承か
徳川時代、旧鹿児島藩の支藩佐土宗領と直属倉岡郷を結ぶ薩摩街道の境、本庄川が流れる接点の左岸に、一本の榎の巨木がある。毎年四月に注連縄を更新し、神酒を供えて神事が行われる。伝承によれば、慶長五年、飫肥藩の清武城主稲津掃部助が、関ヶ原の戦の隙を見て延岡領の宮崎城にたてこもる権藤種盛を攻略した記念に植えられたものという。対岸には薩藩の川口番所があり、不正通行人は斬殺されたところとも伝える。のちに榎のもとには茶屋が建ち、一里塚的な役目も果たした。いまは北中学校の校木に指定されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)