誕生三十三日目に参った観音塚の梅
どんな伝承か
沓掛町徳田には塚が一つあった。高さがおよそ一・二メートル、差し渡しは二・七メートルほどで、その上に一株の梅の古木が生えていた。土地では観音塚、あるいは観音畑という通称で呼ばれている。年に一度、ここで穫れた米を供え、庵寺に経をあげてもらう習わしがあった。子が生まれて三十三日目にこの梅へ参るという風習も伝えられていたが、今ではすたれてしまった。塚がどういういわれで築かれたものかは、はっきりしていない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
豊明市史 資料編 5 (民俗編)(豊明市史・昭和後期(推定))