倒れた愛馬を救った観音と観音塚
どんな伝承か
今から六百年ほど前、新田義貞が倒幕の兵を挙げたとき、大井田城主の弟である羽黒俊賢は、越後の一族にその報せを届けようと馬を走らせた。城之古の琵琶懸城の近くまで来たところで、愛馬が急に倒れて動かなくなった。俊賢が懐に納めていた観音像を取り出して呪文を唱えると、馬は息を吹き返し、俊賢は無事に使いを果たすことができた。戦が終わったのち、俊賢は馬が倒れたその場所に塚を築いて観音様を祀った。これが観音塚の由来とされる。
原典より
俊賢は懐から観音像を取り出し、呪文を唱えたところ馬は元気を取り戻し、無事役目を果たした。—— 十日町市史 資料編8 民俗(十日町市・十日町市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
十日町市史 資料編8 民俗(十日町市・十日町市史)
『十日町市史 資料編8 民俗』は、十日町市の市史資料編の民俗の巻であり、ここにはそのうち第二節「伝説」を収める。市内に伝わる伝説を木、石・岩、水、塚、坂・峠・山、祠堂、家・ムラの七つに分け、遊行上人にお札をもらいに来た木、片目の魚がすむ七ツ釜、新田義貞の挙兵にちなむ観音塚や竜王様、弘法清水などの梗概を記す。冒頭に伝説と昔話の違いを説く解説を置き、話を梗概にとどめたことと別冊『十日町の昔ばなし』の参照を断る。