寝坊で決まった大御神と棚頭の境
どんな伝承か
大御神と棚頭の境が分からなくなり、明治九年に決め直すことになったという。双方の村から朝の決まった時刻に、大御神の下手にあった急なジャーラの坂を目指して歩き出し、出会った所を境にしようと取り決めた。当日、大御神の人は時間どおりに出たが、棚頭の人は寝坊してしまった。大御神の人は坂に着いても相手が来ないので待ちきれず、さらに道を下って今の境町という所まで来てしまい、そこが二つの村の境になったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山町史 第9巻 (民俗編)(小山町史)
『小山町史 第9巻(民俗編)』は、静岡県駿東郡小山町の町史の民俗編から、口頭伝承の章の伝説の節を抜き出したものである。石子詰にされた忍びの若者・用沢小僧の伝えを出典ごとに並べ、むらの名の由来、金太郎ゆかりの地と石、仇討如来や鬼鹿毛馬頭観音、村境の決め方、竹之下合戦にまつわる伝えなどを収める。富士山麓と足柄山のあいだの町に残る、地名と社寺・石に結びついた言い伝えが中心である。