公家衆が討ち死にした五輪窪
どんな伝承か
足柄村桑木の五輪窪は、建武の合戦で陣が置かれ、官軍の公家衆が数多く討ち死にした所と伝えられる。昔は五輪塔がたくさん立っていたが、宝永の砂降りに埋もれて今は草原となり、見えなくなった。ここから下手の村々には塚が多く、みな建武の戦死者の塚だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山町史 第9巻 (民俗編)(小山町史)
『小山町史 第9巻(民俗編)』は、静岡県駿東郡小山町の町史の民俗編から、口頭伝承の章の伝説の節を抜き出したものである。石子詰にされた忍びの若者・用沢小僧の伝えを出典ごとに並べ、むらの名の由来、金太郎ゆかりの地と石、仇討如来や鬼鹿毛馬頭観音、村境の決め方、竹之下合戦にまつわる伝えなどを収める。富士山麓と足柄山のあいだの町に残る、地名と社寺・石に結びついた言い伝えが中心である。