維茂が鬼女紅葉の首を埋めた紅葉塚
どんな伝承か
天皇の命で戸隠山の鬼女退治に向かった余五将軍平維茂は、別所の北向観音に七日間籠もって勝利を祈り、満願の日に柵村の山に着いた。紅葉の散る晩秋だった。維茂が観音の導きを念じて矢を放つと、矢は西北へ飛んだ。それを追って谷を下り山を越え、志垣の里で鬼女紅葉の住みか『釜岩の岩屋』を探し当てた。紅葉を討ったが首があまりに重く、都へ持ち帰るのをあきらめて矢の落ちた辺りに埋め、大きな五輪塔を建てて祟りを鎮めた。これが鬼の塚、紅葉塚で、近くには部下のものという小さな五輪塔が並び、下る坂を五輪坂と呼ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第4巻 3 (北信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第4巻(三)北信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち北信地方の伝説の章を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・沢と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌の順に、条ごとに採集地を添えて短い伝えを並べる。戸隠の鬼女紅葉、黒姫と大沼池の大蛇、久米路橋の人柱、秋山郷の平家伝説など、善光寺平から奥信濃にかけての土地に結びついた話が多い。