餅の食べ過ぎで腹が裂けた腹巻石
どんな伝承か
江戸時代、協和には「上告げ」と呼ばれる、村の触れ役を務める人がいた。旧暦十月十日の夕刻に触れを伝えて回ったが、その日はちょうど十日夜に当たり、行く先々で餅をふるまわれた。餅に目のない上告げは家ごとに馳走になり、大谷地の大石まで来たところで、食べ過ぎのあまり腹が裂けてしまった。藤の蔓で腹を巻いたことから、その石は腹巻石と呼ばれ、辺りの地名にもなった。上告げはこれがもとで亡くなったとも伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。