盗賊が辞世を詠んだ式部の首切場
どんな伝承か
ある夜、一軒の家が何者かに襲われ、家族は皆殺しにされ、二十両もの大金を奪われたうえ家ごと焼かれた。懸命に捜したが犯人は捕まらなかった。その後また強盗が横行したため、さらに厳しい探索が行われ、とうとう賊が捕らえられた。悪事を重ねた賊として死罪と決まったが、賊は麺棒水という湧き水を末期の水として飲み、落ち着き払った顔で辞世の句を詠んでから処刑されたという。刑が行われたのは式部の城の近くで、その場所は首切場と呼ばれるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。