谷が足りず弘法大師が去った山
どんな伝承か
殿城山はデッチョウ山とも呼ばれる。弘法大師がこの山に精舎を建てようとしたが、谷が九十九しかなかったので立ち去られたという。
原典より
群馬縣高崎より澁川に行く途にあり、數知れぬ程の谷があるのをかく呼んでゐるが、千谷あれば高野山のやうな霊場となる筈であつたのに、天狗が一谷だけ袖で隠したのでさうならなかったといふ。—— 日本伝説名彙2 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙2
柳田國男監修『日本伝説名彙』の後半にあたる部分で、全国の伝説を地物の種類ごとに分けて集めた名彙である。塚の部(糠塚・七人塚・首塚・十三塚など)、坂・峠・山の部、谷・洞の部、屋敷・城趾の部(長者屋敷・朝日長者・白米城など)、祠堂の部(地蔵・薬師・観音・天神・八幡・稲荷・宮など)の各題の下に、府県・郡・村の所在地を頭に置いて各地の伝えを短く並べ、多くの条に出典の郡誌・伝説集の名を添える。