猪が産んだ子・和泉式部
どんな伝承か
肥前杵島郡の福泉寺に一頭の猪が通ってきて、仏前の茶湯の捨て水を飲んでいた。やがて人に慣れ、呼べば駆けてくるほどになった。ある時、仏殿の裏で赤子の泣き声がするので僧たちが探すと、その猪が人の子を産んで乳を飲ませていた。寺の法師が畜生道に落ちた報いだろうと騒ぎ、焼いた石で確かめようとしたその明け方、藤津郡塩田庄の大黒丸という夫婦が同じ夢を見た。老僧が現れ、長く子を祈ってきたおまえたちの子が福泉寺の堂の裏にいると告げたのである。夫婦は寺へ駆けつけて女の子をもらい受けた。これが和泉式部で、九歳で都に上ったまま帰らなかったという。
原典より
衆徒不思議の思ひをなし此聲を尋て至り見るに彼猪人を生て乳を呑ませて居たり。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。