長尾判事夫人の念写疑惑
どんな伝承か
明治の末から大正の初めにかけて世間を騒がせた心霊事件の一つに、丸亀市の長尾判事夫人の念写がある。福来博士が見いだしたこの力を、理学者で東大総長の山川健次郎が追試し、疑いをあばいた。明治四十四年一月八日、「健」の字を念写させる実験で、山川側は第三者が乾板をすり替えたり、型を当てて光や放射線を浴びせたりする手口をあらかじめ考え、どれか一つでも使われればすぐ分かる仕掛けを施した。取枠の小窓に「K」と書いた雲母を張って現像して初めて見える印を付け、同じ印の対照用の乾板も作り、黒い包み紙にはマンガニンの細い線をはさみ、乾板の箱の底には十字形の鉛を入れたのである。ところが、夫人の求めで長尾家の玄関の次の間に置いた鞄を開けようとすると、煤でいぶしておいた止金が剥げ、封の紙が破れ、鉛の十字の位置も変わっていた。さらに助手が乾板の箱を空箱と取り違えていたのを夫人が透視で言い当てて大騒ぎとなり、山川側は念写を詐術と推定した。これより前の山川の実験でも、鞄に付けておいた針金が無くなっていたという。
原典より
がしかしそれ以前に、博士が問題のE室に行って、予めそこにおかれたその鞄を開いて、乾板の箱を取りだそうとされた時に、鞄の止金の油煙が剝げていたのであった。—— 心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年))
『心霊現象の科学』は、小熊虎之助が心霊現象を科学の立場から論じた研究書で、序とあとがきに昭和四十九年四月の日付がある。コックリ・自働書記・読心術・憑きものなどを心理学で説ける偽心霊現象とし、精神感応・交霊・千里眼・心霊物理現象を真実の心霊現象として心霊現象研究会の報告から吟味する。福来友吉が能力者とした三船千鶴子・長尾夫人・高橋夫人・三田光一の透視と念写は山川健次郎らの実験と照らして疑い、あとがきでは井上円了以来の研究史を概説する。