長尾夫人の念写と玄関脇に置かれた乾板
どんな伝承か
丸亀の長尾夫人は、福来博士が透視と念写の両方の力を持つとした人で、念写という現象自体もこの夫人について博士が偶然見つけたのが始まりとされる。実験は明治四十三年十一月から翌年一月にかけて行われたが、透視で成功したのはどれも実験者の心を感じ取る型のものだった。念写では、夫人が実験の前に乾板を長尾家の玄関脇の部屋にしばらく置くよう求め、見張りも拒んだことが最大の疑問となった。山川博士が仕掛けを施して臨んだ際には、鞄の留め金の煤がはげ、封紙が破れ、鉛の十字の位置もずれていた。そのうえ二人の助手が乾板入りの箱と思い込んで空箱を鞄に入れてしまい、博士がその箱で念写をさせようとすると、夫人が透視で中に乾板が無いと言い当てて大騒ぎになり、この実験は結局、真偽の判定に至らないまま失敗に終わった。夫人は翌年二月に亡くなり、真偽は確かめられないまま終わった。
原典より
長尾夫人の念寫實驗は明治四十三年十二月と翌年一月とに亙つたもので、そして二月に同夫人が死亡してしまったので、十分その現象の真偽を確かめることができなくなった。—— 心霊学講義(変態心理学講義録)(小熊虎之助(述)・日本変態心理学会・心霊学・変態心理学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊学講義(変態心理学講義録)(小熊虎之助(述)・日本変態心理学会・心霊学・変態心理学)
『心霊学講義(変態心理学講義録)』は、文学士小熊虎之助が述べ、東京の日本変態心理学会が出した心霊学の講義録である。心霊研究の態度と詐術の例から説き起こし、こっくりさんなどの自働現象、精神感応、交霊、透視と未来の予知、心霊物理現象、騒ぐ幽霊を、英国の心霊現象研究会の調査例や講者が盛岡で確かめた事例を引きながら心理学の立場から論じる。終章で長尾夫人や三田光一の念写を検討し、巻末に内外の参考書解説を付す。