田から伯耆の夜見の浜へ運ばれた男
どんな伝承か
立久恵の天狗が噂になっていたころ、そこから北へ二里ほどの川跡村稲岡の農家に、徳名の親爺と呼ばれる主人がいた。雨上がりのある日、腰蓑をつけて田で働いていると、夢うつつのように目の前に僧の姿の者が現れ、どこかへ行こうと誘われた気がしたが、その後のことは何も覚えていない。気がつくと見知らぬ浜辺に立っていた。そこは伯耆国の夜見の浜で、川跡村から二十里も離れていた。浜の人々に名と住まいを告げ、どうして来たのか分からないと途方に暮れていたので、村送りで稲岡へ帰された。調べると、田から消えてから浜で見つかるまで一時間ほどしかなく、人の足で歩ける距離ではないため、天狗に運ばれたのだと考えられたという。
原典より
此所は伯耆國夜見濱で、出雲の川跡村から二十里もある所である。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。