無動寺の棟で見つかった行方知れずの足軽
どんな伝承か
文化二年十二月七日の晩、延暦寺の総里坊で召使をしていた足軽の古市兵左衛門が行方知れずになった。七日ほど過ぎた十四日の夕、比叡山無動寺の阿弥陀堂の棟の上に何かがうずくまっているのを、寺の下男七郎が見つけた。雨の薄暗がりに背から翼のようなものが出ているように見え、天狗かと思ったが、声をかけると兵左衛門だと答えた。翼と見えたのは破れ傘を半分かぶって雨をしのぐ姿だった。大工の四郎兵衛が棟へ上って背負い、帯で括って屋根を下りた。兵左衛門は二昼夜昏睡し、三日目に息を吹き返して語った。異形の者に脅されて屋根へ上げられ、盆のようなものに乗せられて空へ浮かび、秋葉山や妙義山、彦山などを連れ回されたのだという。
原典より
文化二年十二月七日の晩、京都の延暦寺総里防の召使役をして居た足軽の古市兵左衛門(五十余歳)が行衛不明になつた。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。