こたつの火で全焼した庄屋の隠宅
どんな伝承か
万延元年十二月二十三日の昼すぎ、守山領山田村の庄屋・新田泰三の隠宅で、こたつの火が布団に燃えうつった。火はみるみる屋根まで走り、駆けつけた近所の者や村人も手のくだしようがないまま、隠宅と隣接する母屋もろとも焼け落ち、家財と諸道具のほとんどを焼きつくした。藩へ出された事故報告書には、母屋が梁間四間・桁間十間半で建坪四十二坪、隠宅が六坪あまりで、別棟に八坪の馬屋と風呂場が建っていたと記される。長持ち二棹、箪笥二棹、持仏堂、戸棚のほか、籾八俵九石、米二俵四斗、大豆三俵三斗、蕎麦二俵半、金五両九百八十文を焼いており、平百姓とは段ちがいの庄屋の暮らしぶりがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。