ダンホ風邪と長髪御免の春
どんな伝承か
文政四年、守山領に春の風邪が流行した。この年の風邪は二月に江戸をはじめ諸国で猛威をふるい、十人のうち八、九人までがかかったといわれる。当時のはやり小謡からダンホ風邪の異名をとり、西は京・摂津から東は安房・上総・甲斐・伊豆、北は信濃・越後にまで広がった。守山ではやった同年春の風邪も、その片割れであったとみられる。流行のさなかには庶民ばかりか出仕の役人まで長髪を許された。人の行き来が少なく、その速さもゆるやかだった当時にあってなお、流行病の伝わる速さは驚くほどである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。