足摺岬沖で長い舌を揺らし笑う海坊主
どんな伝承か
高知の弁馬さんたちの帆船が、足摺岬のはるか沖で、乳を流したような空模様にすっぽり包まれたことがあった。海はどろりと淀み、船足も止まって、時も所もない世界へ滑り込んだような寂しさが迫ってくる。やがて舳先の空の一角がほの明るく盛り上がり、雲のような丸い入道が近づいてきた。頭も顔ものっぺらぼうで毛一本ない海坊主で、船と人を眺めながら、顔いっぱいの杓子のような長い舌をくねらせ、けらけらと笑い出した。船幽霊のように杓を求める声もない。船の者は声も出せずにあえぐばかりで、弁馬さんは、あれほど肝を冷やしたことは後にも先にも無いと語ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 偽汽車(松谷みよ子・現代民話考(ちくま文庫)・2003年(平成15年))
『現代民話考――偽汽車』は、松谷みよ子が編んだ『現代民話考』全十二巻の第三巻で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。鉄道開通のころ狸や狐が汽車に化けたという偽汽車の話、船幽霊や幽霊船など海の怪談、タクシーの幽霊など自動車や列車の怪談と笑い話を、全国の回答者の聞き書きや新聞・雑誌・書籍から集める。三章それぞれの冒頭に考を置き、話ごとに本文と分布を並べて地名・話者・出典を添える。