雷を嫌ふ事あるまじき事
どんな伝承か
長崎の代官を勤めた高木助右衛門の祖父は、まだ町の長であったころ、ひどく雷を嫌い、雷よけに穴蔵を掘ったうえ、さらに横穴を掘って石の槨をこしらえ、強い雷のときはその中にこもってしのいでいた。ところが取り立てられて江戸へ召され、長崎を留守にしていた夏、激しい雷があちこちに落ち、その穴蔵の上にも落ちて石槨を粉々に砕いた。江戸から戻ってこれを見た祖父は、公のおかげで命拾いしたとますますありがたく思い、運というものを悟ったのか、以後は雷を恐れなくなったという。
原典より
長崎の御代官を勤めし高木助右衛門が祖父迄は市中の長なりしが、至て雷を嫌ひ雷の時の為とて穴室をこしらへ、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。