唐津へ去った父と切腹した子の霊
どんな伝承か
幽魂が語るには、父を慕って此地に残ったが、父は船を雇って単身で肥前国唐津へ渡り、自分には是非とも本国へ帰れと命じた。取り残された身は進退窮まり、ついに切腹して果て、遺骸は人知れず埋められて朽ち果てたという。幽魂は涙を浮かべ、世にも悲しげな面持ちであった。宮崎加賀守が問うと、当家には深い仔細あって祟るが、他家には病にかからせるだけで、今日のように言葉を発したことはないと答えた。これまで当家に異変が頻発したのは、遺骸の埋まる地から祟りをなした仕業だという。
原典より
取り残された身は進退全く……に……りて、終に切腹して相果て、爾來……に……、空しく……念の涙を呑むのみ。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。