野干か?生霊か?
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
天保十年七月四日、筑前志摩郡伎志浦の酒造家で庄屋を勤める岡崎傳四郎の長男・市治郎が、突然瘧疾にかかった。四十余日にわたり医療も神仏の祈禱も効かず、憑物退治のため宮崎加賀守が招かれた。二十四日、絶食で痩せ衰えた病人が発狂の様を見せる。宮崎氏は野干(狐)の仕業かと診るが、相撲取りの長吉が病人の体中を撫でても何も出ず、女の生霊かも知れぬと疑われた。医師の三木らも当惑するばかりで、宮崎氏は二筋の白羽の矢と長剣を用意し、三十人が列座するなか御祓と祝詞を唱えて加持を始めた。
原典より
二十四日には病人の狀態はます險惡となりました。—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))
種別から探す
糸島市の伝承
広告枠(AdSense)