加賀の武士と名乗った霊
どんな伝承か
宮崎加賀守は居合わせた医師の吉富養貞に、病人によく言い聞かせてほしいと頼んだ。これから行う弓矢の法は天照大神から授かった神法で、遠く離れていても必ず相手に当たり、矢を重ねればどんな邪気も人の体を離れずにはいられない。命を奪うのは望まないが、この家の子を滅ぼすつもりか、ほかに願いがあって憑いたのか、どちらかを答えよ、と。医師が伝えると、病人は夜具を押しのけて座を正し、もはや隠すまいと語った。自分は怪獣などではなく、元は加賀の武士で、願いを果たすためにこの家に祟っていた霊だという。こうして武士の霊と宮崎の問答が始まった。
原典より
元は加賀の武士にて、……の……を追ひ……地に……り、……の……をなしたる……の幽魂でござる。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。