沖から助けを呼び続けた遭難校長の声
どんな伝承か
大正九年十二月二十五日の夜、五島列島南端の大宝湾で小舟を出して烏賊を釣っていた小学校長浦健一郎が、急な大嵐に遭って戻らなかった。部落の青年入口光右衛門が神戸の霊能者三田光一に電報で透視を頼むと、津多羅島の南の砂浜で岩に挟まれているとの返電があり、その通りの場所で遺体が見つかった。ところが翌月から毎月二十五日の夜、凪いだ沖合から区長の近藤と嶋田の名を呼んで助けを求める校長の声が聞こえるようになる。近藤は嵐の夜に校長のそばを素通りし、急を知らせもしなかったのだった。現地に来た三田も三月二十五日にその声を聞き、大宝寺の山門脇に慰霊碑が建つと声は止んだという。
原典より
それは三田の耳にも、聞きおぼえのある浦校長の声にちがいなかった。—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年))
『霊の世界――小品集』は、田中千代松が新聞・雑誌に寄せた心霊研究の随筆や小論に手を加えて集めた心霊研究文庫の第三冊で、はしがきは一九七八年十一月の日付である。SPRの成り立ちや催眠術・超心理学の来歴、クルックスやフラマリオンを論じる文章のほか、土井晩翠・河上肇・福来友吉の挿話、平田篤胤が記した仙童寅吉、秋山真之の霊夢などを収める。「エッセイ種々」「群像」「ものがたり回顧」の三部に分け、多くの篇に初出の誌名と年月を添える。