阿弥陀寺の詮議と斬罪からの減刑
どんな伝承か
襲撃の明け方、十二棟の建築物が焼け落ちると二十余人はばらばらに帰って行った。朝になると真土村の者が焼跡に集まったが、暴動については誰も一言も言わず、不気味な顔で焼け爛れた死体を掘り出した。長右衛門の死体は裏門の板塀の傍に転がっていた。午後には小田原から二百人の警官が来て非常線を張り、三十日には十五歳以上六十歳以下の村の男子が臨時屯所の平塚新宿阿弥陀寺へ呼び出され、五十余人が捕縛された。明治十三年五月廿五日に裁判が確定し四人が斬罪となったが、三郡から一万五千余人の嘆願書が出て、六月一日に終身懲役へ減じられた。
原典より
午後になつて二百人ばかりの警官が小田原から來たが、それが燒跡から村内に非常線を張つた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。