北海道から帰った男
どんな伝承か
昭和六年の盆、淀橋町角筈の安斎古四郎の家では僧侶を呼んで法会が営まれていた。古四郎は大正二年十二月一日に突然行方が知れなくなり、家人が心当たりを探して警察にも届けたが帰らず、大正八年になっても消息はつかめなかった。そこで死んだものとして郷里の福島区裁判所へ失踪を届け出て失踪宣告を受け、着ていた衣服を棺に納めて葬式をすませ、盆ごとにこうして法会を営んでいたのである。読経の合間に鐘が鳴るなか、玄関の障子ががたがたと開き、四十四、五の痩せた背の高い男が上がってきた。年配の女が顔を上げて声を上げ、僧侶は震えながら、出てござった、と言う。男は苦笑して、北海道から今帰ったところだと答えた。
原典より
* 艮の金神 (192)* 首切り石段 (194)* 大蔵省の大法会 (195)* 擂鉢山の怪談 (196)* 浦戸署をめぐる怪聞 (197)* 地蔵屋敷 (198)* 警察の宿直室 (199…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。