怪火の中に浮かんだ白衣の男
どんな伝承か
昭和十年七月二十九日、小雨の降る夜十一時ごろ、名古屋市西区新富町の東海道線の線路を鉄道工夫が見回っていた。庄内川の鉄橋を渡って二、三町南へ進んだところで、二、三十メートル先に炎のない火がぱっと灯り、その光の中に白い着物の男の姿がくっきりと浮かび上がった。工夫は震え上がって近くの人家に駆け込んだ。この一件で界隈は幽霊話でもちきりとなり、轢死人がいなかったか調べたり、夜通し現場を歩いたりする者も出たが何も分からなかった。そのうち火葬場の横で見た、土手で見たと言い出す者や、狸の仕業だ、火葬場の竈の火だと唱える者も現れ、夕涼みの縁台をにぎわせた。
原典より
* 隧道内の怪火 (341)* 鉄道線路を走る少年 (342)* 旅客の気絶する隧道 (344)* 新有楽橋の妖異 (344)* 消えて無くなる処女 (345)* 松井須磨子の写真 (346)*…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。