立泉寺の墓地に現れた轢死僧の顔
どんな伝承か
富山県魚津町の禅寺立泉寺の僧永田大道は、大正九年の春に曹洞宗大学へ入るため上京したが、魚津新地の芸妓菊葉が忘れられず口実を作って戻ってきた。駆け落ちを持ちかけると菊葉はその場しのぎに承知し、翌晩十一時に停車場の横で会う約束をしたが現れなかった。欺かれたと知った大道は最終の上り列車に身を投げ、顔の潰れた遺体は相弟子川端義全が見分けて寺の墓地に葬られた。菊葉を呪う遺書が新聞に載って菊葉はかえって売れっ子になったが、ある雨上がりの夜、俥で立泉寺の墓地にさしかかると幌に何かが落ち、車夫の後ろ姿がいつのまにか血まみれの大道の顔に変わった。菊葉は気を失い、二週間ほどで悶え死んだという。
原典より
* 投石怪談 (404)* 杖を置いた音 (407)* 夢遊病者 (408)* 庭 (411)* 山根先生の話 (418)* 岩おこし (426)* 障子に映る女の姿 (428)* 魔の電…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。