国府の大社神社で続いた三つの札祭
どんな伝承か
三河国宝飯郡の国府にある大社神社には、慶応三年八月の祭礼の帳簿を袋に収めた文書が伝わる。袋の表には御鍬祭礼の雑用帳、天照皇大神宮の御札祭、秋葉山の御札祭の入用帳と書かれ、中には東組と西側の二つの寄付名簿があって、それぞれ六十八人と百二十五人が金銭を出し合っている。ほかに半紙や提灯、竹、蝋燭を買った通い帳が残り、国府の商人の受け取り印が数多く押されている。この八月、大社神社では御鍬祭、十五日の秋葉山の御札祭、十六日の伊勢の御札祭が相次いで行われたことが分かる。
原典より
御鍬百年祭の流行経路をさぐる一つの手がかりとして、最近見出した宝飯郡の豊川周辺の御鍬百年祭の史料を紹介しよう。—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。