疫病のとき海へ流した日間賀島の天王丸
どんな伝承か
『綜合日本民俗語彙』の送り神の項によると、愛知県知多郡の日間賀島では、疫病がはやったときに天王丸と名づけた小さな船をこしらえ、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら村じゅうを回ったのち、その船を海へ流したという。疫病の神を船に乗せて島の外へ送り出す習わしである。著者はこうした送り神の行事を、慶応三年に三河で流行した「おくり様」と比べたが、時期や中身が一致しないとして別のものと判断している。
原典より
送り神 静岡県から愛知県にかけて、二月八日と十二月八日の二度行われる行事。—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。