西郡で捕まった山師の御祓降らせの仕掛け
どんな伝承か
文政の御蔭参りのときの御札降りに仕掛けがあったことを示す話として、松浦静山の『続甲子夜話』に次の記事がある。三河の西郡で捕まったある山師が白状したところでは、四、五寸ほどの葦のような細い棒に団子を刺し、その上に御祓をはさんで山の上や高い木の上に置いておくと、鳶などの鳥がくわえて飛び去り、団子だけを食べて御祓は風とともに下へ落ちてくるのだという。鳶に油揚げを付けてさらわせたこともあったという。この山師は、柿の木に登っていたところを怪しまれて捕らえられたのだった。
原典より
都市部では最初の御札降りである吉田宿においては鳥が御札をくわえて飛んできたという風聞がある。—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。