当たらなかった埋蔵金の託宣
どんな伝承か
野ギツネ憑きの騒動の前後、喜三郎は神がかりになると、資金がなければ道は広まらないと言って、埋蔵金のありかを告げたり、落とした大金の所在を語ったりした。しかしそれらはどれも実際には当たらなかったので、穴太の村民のあいだでは、ますます山師扱いをされるようになった。やがて穴太では三ッ屋が斎藤しづの夫で博打打ちの下司熊次郎らと手を結んで排斥運動をはじめ、喜三郎は旧六月、穴太での活動に見切りをつけて本拠を園部へ移すことを決心した。
原典より
この前後、喜三郎は神がかりすると、資金がなければ道は広まらないといって、埋蔵金のありかを告げたり、落とした大金の所在を語ったりしたが、…—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。