神棚に祀られただけの名古屋の降札
どんな伝承か
慶応三年三月十八日に名古屋で伊勢内宮の御札が降り、続いて五月二十二日にも同じ名古屋で津島牛頭天王の御札が降った。しかしいずれも自宅の神棚に祀っただけで役人に届け出ることも大騒ぎすることもなかったため、後の「ええじゃないか」の熱狂には発展しなかった単独の御札降りだったという。
原典より
* 東への波及――遠江* 御札の数え方――金谷宿* 混乱する記述――駿河* 多い秋葉札* 各地各様の「ええじゃないか」* **VII 「秋葉山おかげ」*** 青山家「日記覚帳」* 「秋葉山…—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。