吉田藩が触書で名指した七人の首謀者
どんな伝承か
一八六七年(慶応三)四月三日、吉田藩は触書を出し、打ちこわしの首謀者七人を捕らえたと公表した。瓜郷村では喜平、下五井村では喜三郎、小坂井村からは権四郎と祐右衛門の二人、ほかに篠束村からは藤左衛門、瀬木村からは平兵衛、平井村からは源六が名指しされている。惣代や同役も取り調べ中だから、下々が心得違いをせぬよう村役人から言い聞かせること、寺などで寄合を持つ動きがあればただちに届け出て人数を差し向け厳しく取り締まること、と藩は指示した。首謀者の名は別の史料では金助・吉三郎・重三などと食い違っており、記録は一定しない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。