生き霊で息子の実父を呼ぶ
どんな伝承か
甲斐駒の巫女の老婆には子がなく、以前もらい子を育てた。よくできた息子だったが戦死し、孤児だったその子の死を実の父に知らせたいと思った老婆は、ある晩、父親の生き霊を呼び出した。生き霊は、大学生のころ下宿の女中に子を産ませて里子に出したこと、今は大阪で自転車屋を営んでいることと名を語った。別れ際に頼まれた著者は、府県別の大学の名簿を苦労して借りてその名を見つけ、老婆の言伝てを書き送った。すると相手から、その話は以前、夢に現れた白衣の老婆に聞かされたことがあり、変な夢だと思っていたが事実だったとは驚いたという返事が届いた。
原典より
その人からさっそく返事があって、実はその話なら以前夢に出て来た白衣のバアサンに言われたことがある。—— 続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年))
『続 山だ原始人だ幽霊だ』は、西丸震哉の随筆集で、あとがきの日付は昭和四十七年三月十日である。出版の都合で前後編に分けたうちの後編にあたり、ニューギニアやニューブリテン島、トロブリアンド島の部族を訪ねた探訪記と原始社会の食生活論に続いて、幽霊についての自説と、自身や身内が出会った怪談を収める。終わりには手相、テレパシー、呪い殺し、雨やみの術、インドから自宅へ魂を飛ばす実験の話が並び、カバーと挿絵も著者が描いたとあとがきにある。