料理の魚鳥が飛び去った以八上人の斎
どんな伝承か
足利義輝が将軍のころ、名僧以八上人は繁華の地を嫌って諸国を修行し、安芸の宮島に落ち着いて有の浦に庵を構えた。加藤式部大輔は、名高い上人でも色欲を絶てるか試そうと斎に招き、魚鳥の料理を並べ、薄物をまとった艶やかな女五、六人に淫らな振る舞いをさせた。戸の隙間から覗くと、上人は目を閉じて静かに座っているばかりで、器の魚鳥が元の姿に戻って飛び跳ね、戸の隙間から出ていった。女たちを見ると骸骨となって薄物の下で震えていた。驚いた式部が戸を開けて平伏すると、上人は目を開けて礼を言い、女たちも元の姿に戻っていた。式部は上人に帰依し、光明院を建てて開基とあがめたという。
原典より
足利義輝が将軍の頃、名僧以八上人は繁華の地を厭い、諸国修業に出て、ついに安芸宮島に落付き、有の浦に庵を構えた。—— 講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗)
『講座日本風俗史別巻 妖異風俗』は、『講座日本風俗史』の別巻として、複数の執筆者が妖しく異様な風俗を論じた巻である。淫祠と性の祭礼、戦後の新興宗教、性にまつわる迷信、妖術・忍術・奇術、憑きものと特殊家系、心霊術と催眠術、異類との婚姻、性と怪異の関わりを、古典の随筆や各地の報告、事件の記録から取り上げる。九つの章に分け、終章「日本妖異風土記」では関東から九州・沖縄までの怪異譚を地方別・県別に掲げる。