桜塚村のお札降り
どんな伝承か
まず清兵衛の庭先の椿に天満宮の札が舞い降り、八日の朝には庄屋庄兵衛の家の窓辺に天照皇太神宮の札、十八日には重兵衛の門口にも同じ天照皇太神宮の札が降ったという。度重なる降札で村は熱狂の渦の中心となった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
豊中市史 本編 第2巻(豊中市史)
『豊中市史 本編 第2巻』は、豊中市の市史本編の一冊で、ここにはその近世の民衆の動きを記した数頁を収める。天保元年(一八三〇)のお蔭参りとお蔭踊り、慶応三年(一八六七)秋からのお札降りが豊嶋郡の村々に広がった様子を、刀根山村や熊野田村の記録によって述べ、盲人が喜捨を求めて村々を回った事件にも触れる。刀根山村へのお蔭参りの押しかけを日付・村・人数ごとにまとめた第60表を挟む。