伊丹町役人の御用留が伝える降札
どんな伝承か
摂津の伊丹では、町役人の「御用留」によると、慶応三年十月二十日から十二月十九日までお札が降った。降り始めは十月二十日とされるが、流行の状態になったのは十一月十九日からで、隣の尼崎の下坂部村は二十八日、西宮は二十九日からと、近い時期に騒ぎが広がった。記録に「御祓」とあるものを天照皇太神宮のお祓とみれば、伊丹でも太神宮関係への集中がうかがえ、貨幣も多く降っていて、銭まきがあったことを思わせる。騒ぎは翌年の初め、鳥羽伏見の戦いの前後に終わったとされる。
原典より
摂津でも現在兵庫県下に入る伊丹・尼崎の事例はすでにみたが、十月二十日より降ったという伊丹も、流行状態になるのは十一月十九日からで、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。