新宮あたりにも降ったという札
どんな伝承か
紀州では和歌山城下の騒ぎが田辺や農村へと広がった。田辺よりさらに南の新宮や熊野のあたりについても、田辺の御用留に、このごろ札が降ったそうだという記事がある。著者は、この一帯も騒ぎの及んだ範囲に入っていたとみている。本文はそれ以上のことを書いていない。
原典より
田辺より南方の新宮・熊野あたりは、田辺の「御用留」に「此程降り候由」とあり、波及圏内に入っていたものと思われる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。