三日三晩祭って神送りした水口宿
どんな伝承か
近江路の宿場町である甲賀郡水口宿では、慶応三年十一月三日の伊勢皇太神宮のお祓降下をはじめとして、十二月の初め・中旬ににぎわい、翌年の正月初めにやんだ。降札のあった家では、まず葉つきの青竹を立てて注連縄を張り、新たに神棚をつくって神符を飾り、神酒・洗米・燈明などを供えた。家人は身を浄め衣裳を整えて来客を待ち、聞きつけた近所の者や親類が祝儀を持って祝いに来る。やがて男が女に、女が男に、老人が若者にと扮して往来する者がふえ、集団となって拍子をとり、よいじゃないかと囃したてて騒いだ。三日三晩の祭りののち四日目に神送りをし、町中で大宮に参詣した。宿内では百四十から百五十軒に降下があったという。
原典より
ここでは三日三晩の祭りをして、四日目に祭り納め=神送りをした。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。