淡路最初の降札と湊浦の雀踊り参り
どんな伝承か
淡路島の「お札降り」の初出は、十一月二十日の湊浦の例である。ここでは降札のお礼として、四日後の二十四日に雀踊りをして、同国三原町幡多にあるオノゴロ神社へ参詣に出ている。これにつづいて三原郡下の各地に降札と参詣があって流行現象となり、また津名郡に入る洲本にも十二月に入ってから参詣の流行があった。オノゴロ神社はいざなぎ・いざなみ伝説と関係が深く、十二月の太神宮の縁日には数万人におよぶ参詣人が出て、村々からは壇尻が出されて競いあったという。
原典より
淡路島の「お札降り」の初出は、十一月二十日の湊浦の例であり、ここでは降札のお礼として四日後の二十四日に、雀踊りをして同国三原町幡多にあるオノゴロ(礦馭盧)神社へ参詣に出ている。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。